インタビュー

合同会社ハピオブ代表兼CEO島田勝彰さんインタビュー

富山の「ほど良い」魅力を発信 ワーケーションや旅の拠点に「HUB」を活用したい

富山県が2022年に策定した戦略ビジョン「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山〜」。県民や富山と関わりのある方が幸せを実感し、いきいきと自分らしく暮らすことを目指す戦略ですが、富山県には「誰かの幸せのため」をすでに実践している人がいます。

県内外を巻き込みながら「人と人」「人と企業」「人と地元」を結ぶ、ワーケーションツアーや交流スペースを運営する島田勝彰さんです。

 

現在に至るまでの島田さんの活動や、地元・富山への思いなどを伺いました。

 

 

 

島田勝彰(しまだ・かつあき)さん/富山県富山市出身。富山大学人間発達科学部(現教育学部)卒業後、同大学職員としてキャリア支援業務に従事。2013年に「AtionOne合同会社」を設立し起業。創業10年を期に社名を「合同会社ハピオブ」に変更し、代表社員兼CEOに就任。

 

体験から紡ぎ出された座右の銘「選択を正解にする」

僕が大学で就職活動をするはずだった2009年は、社会全体が「リーマンショック」の影響をもろに受けていて、多くの企業が採用を控えている時期でした。そんな状況で自分の行きたい会社や仕事を探すことに違和感を感じて、それなら大学に残りながら社会の勉強もできればと思い、富山大学の職員というキャリアを選択することにしました。最初に与えられた仕事は、学生の相談窓口でした。

 

相談に来た学生と話す中で「富山の大学に来た理由」を聞いてみると、一定の学生から「親に近くにいてと言われたから」や「センター試験(受験)に失敗したから」など、自分の意志で進路を選択したわけではなく「仕方なく来た」という声が聞かれました。なので、当時は富山の大学に進学することにネガティブなイメージを持った人も多かったと思います。

実をいうと、僕はそれまで富山に対してネガティブなイメージを持ったことがほとんどありませんでした。富山でも中心部(まちなか)に住んでいたので、車がなくても十分に生活ができていたし、むしろすごく便利だと思っていたので、学生と自分の富山に対する認識の違い(ギャップ)には驚きました。自分の情報量が乏しく、当時は格差も感じました。

 

 

それからなんとなく時間が過ぎて、社会人1年目が終わろうとしていたある日、東日本大震災が起こりました。大学にいたこともあり、先生と一緒に宮城県石巻市にボランティア支援に行くことになったんです。そこで、津波に家や家族を失っても、この出来事と正面から向き合い、毎日を楽しもうと一生懸命に前を向いて頑張っている1人のおばあちゃんに出会いました。なんとなく生きながら正解を探していた自分は、そこで気付きました。僕は迷ってばかりで何も行動していない、本当に情けないなって。

 

 

この活動を機に生まれたのが、「選択を正解にする」という座右の銘です。

 

例えば、起業したいと思ったときに、東京のほうがいいんじゃないか、いや海外に目を向けたほうが…など色々思いが巡りますよね。そうして、あれやこれやと時間を掛けて考えていても、結局は時間がすぎるだけ。それなら、目の前にある環境を正しいと思う(正解)ためにはどうすればいいか、そこに1分1秒を費やした方が人生が豊かになるんじゃないかと。

 

僕の場合、当時の自分の目の前にあったのが「大学生のキャリア相談」でした。この活動に全力をコミットしようと考えたことが、結果的に現在に繋がっています。

 

正しいかどうかより、本気でやりたいかどうかが大事

大学生のキャリア支援にコミットすると決めてまず最初に取り組んだことは、大学内の施設(トレーニングジム)で学生のキャリア相談窓口を開くことでした。当時、大学では、所有施設を外部にもオープンにしていく事例が増えていてちょっと失礼な言い方かもしれませんが、富山の大学にまで来てわざわざトレーニングジムで自分の体を磨こうなんて、すごいやる気のある学生じゃないか!と思ったんです。

 

 

この取り組みが「トレーニングしながら人生相談ができる」と口コミで広がりました。さらには、高校生や中学生、外国人まで来てくれるようになりました。いつの間にか「トレーニングルームに行ったらおもしろい人に出会える」というイメージができあがり、利用者は気が付けば、2,000人から8,000人まで増え、大きなコミュニティができていました。

 

僕が受けた相談のひとつに「有名企業の面接を受けても、東京の学生と並んでしまうと取り組んでいることのレベルが全然違うので太刀打ちできない」という話があって。「それなら東京の学生と同じことをすればいいじゃん」と話したら、「富山にはそんなハイレベルな取り組みができる場所や環境、機会がない」と言われました。「よし、それなら僕がその環境を作るよ!」みたいな感覚で、活動を始めたんです。

 

教育の世界では、親の収入が低いことで子どもの進路の選択肢が狭まり、さらに子どもたちの収入も安定しなくなるという「貧困の連鎖」が度々問題になります。富山の大学に来ている学生にも、親の収入の関係で「ここしかない」と言われて進学してきた学生もいました。そんな子どもたちに変化の機会を提供することができたら、もしかしたら社会も変わるんじゃないか。そんなことを、当時はすごく考えていました。

 

学生の話を聞いて、富山にも情報や教育に関する格差があるなら、東京や世界の有名学生がやっていることを富山でやればいいじゃないかと考え活動を始めたことが、その後の団体設立や独立に繋がったという感じですね。

 

当時のコミュニティ(活動グループ)の中には30人ほどアクティブな学生がいて、次第にやりたいことがいろいろと出てきたので、だったら任意団体を作ろうと。それが今の会社の前身「エイションワン」です。立ち上げ当初に一緒に活動したメンバーが、一流企業の内定や自分自身の納得する就職先に行ってくれたことで、活動が多くの学生たちの目に止まり、どんどんと団体の認知度が広がっていきました。

 

 

僕の仕事は学生のキャリア支援だったので、活動を共にしたみんなが富山に残ってくれたら嬉しいなと思ってはいたのですが、活動に参加した学生のほとんどは、富山には残りませんでした。その時に、富山の企業がもっと柔軟性を持って学生を受け入れてもらわなければと感じて、企業側の採用に関する相談にも応じるようになりました。徐々に僕が企業に関わる機会も増えていき、独立することを決断しました。

 

学生と活動を共にする中で、僕はいつも、正しい正しくないよりも、自分がやりたいかどうかが大事だと伝えていました。それは今の僕の中心軸でもあります。「選択を正解にする」と同じですね。

 

大学職員時代の活動は「主体性が高い人材を育む」という現在の事業の土台にもなっています。これは紛れもなく、当時の学生たちから学んで生まれたものです。

 

ずば抜けてなくても総合点が高い富山

27歳か28歳の時に、このまま富山にずっといていいのだろうかと考え始めました。ちょうどその頃、ご支援していた県外のクライアントから誘いをいただき、思い切ってキャリア支援の活動はいったん終わらせて、誘ってもらった会社と雇用契約を結び、人事の仕事を始めました。人事の仕事ということもあり、平日は県外に行き、週末だけ富山に戻るという単身赴任のような働き方を選択しました。

 

富山を少し離れたことで、富山の見方は大きく変わりました。

 

例えば、水や空気が美味しいという感覚。これはやはり外に出なければ分からないと思いますし、そのことに気づけたことは、今の僕にとって大きな出来事です。

 

僕が思う富山の良さは「ほど良さ」です。例えば、女性が働く環境も、ある程度整っています。周囲とも”ほど良く”人間関係があり、”ほど良く”田舎で”ほど良く”都会でもあります。どれかひとつ切り取るとずば抜けてはないのですが、総合点で見るとポイントがすごく高い。

 

 

富山県は「暮らして損のない街」です。僕はこの表現がすごくいいと思っています。ただ、ちょっとインパクトが強い見せ方にはならないので、あまりウケが良くないのですが。

 

「”ほど良く”不自由」なことで、助け合いが生まれます。だから富山では、一定の人間関係ができていて「地域性」が残っているのではないかと感じます。

 

 

最近はワーケーションツアーの企画をすることもあるのですが、僕は富山での暮らし方を映すようなコンテンツを提案しています。市電に揺られながら、乗り合わせた人や、そこにある自然や街並みを見てもらえれば、どこか心癒される体験になると思います。今、富山県でも「ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に満たされた状態。幸福と訳されることも多い)」という言葉をよく使っていますが、これはとても富山らしいワードです。

 

この富山の良さはずっと住んでいると当たり前すぎて、一度外に出ないと気付けないかもしれません。その点で、僕も富山を出てみて再認識できたことは良い経験でした。

 

ワーケーションには「場所」と「キーパーソン」が重要

僕が感じる富山の「ほど良さ」を伝えるためにも、ワーケーションツアーでは、富山の素晴らしいスポットを紹介するだけではなく、そのスポットに精通した「人」に会いに行くのがいいとオススメしています。

 

その「人」達は「せっかく富山に来てくれたんだから、ちょっとお茶飲んでいかれ~」という気持ちで温かく迎えてくれます。僕の知人だと分かれば「島田さんの友達け~」という感じで、さらにいろいろと紹介してくれます。そのちょっとおせっかいに感じるような触れ合いが、すごく富山らしくて僕は好きです。

 

方で、普通に観光で来た方、ふらっと訪れた方が、富山の「人」に触れ合える環境だったらいいなと思いますが、現実はまだまだ難しいです。そのために、富山市内の総曲輪(そうがわ)に作ったのが多目的交流拠点「HUB」です。

 

 

金曜日はコワーキングとして利用できるので、ふらっと来ていただければ、もしかすると地域のキープレイヤーに会えるかもしれません。その繋がりから、さらにいろいろな人を紹介してもらえるかもしれません。最近では、関係人口案内所という別名も存在しています。詳しくは、一度HUBに来てもらうのが一番早いです。最近のまちなかは、若い人が来るイメージがあまりなかったのですが、僕が拠点を作ったことで、少しずつ若者と地域の人の交流が生まれてきています。

 

 

拠点となる「場所を作る」ことを、僕は地域で暮らす上での「ゴールデンルール」だと思っています。人と場所が密接にリンクしていることは、ワーケーションにおいても重要な基盤になると思います。

 

気軽に富山に来てHUBで地元の人と触れ合ってもらいたい

これから富山に来る、あるいは来るかどうか悩んでいる人には、まずは遊びに来てくださいと声をかけたいです。僕はこの「遊び」という言葉も大事だと思っていて。県外に住む人には、まずは富山に遊びに来て人と触れ合っていただきたいです。自分自身の心に余裕がないと、あまり人と触れ合う気になれませんよね。だから遊び感覚で気軽に富山に来てもらいたいんです。

 

 

もしもその中で、HUBに寄っていただける時間があれば、いろいろな富山の人が出入りしていますので、交流もできると思います。そこで出会った人たちと夜にはみんなで飲み会するとか。そういう「場所」がひとつの富山の思い出として残っていけばいいなと思います。

 

もちろん僕に会いに来ていただいても大歓迎です。僕もいつもHUBにいるとも限らないので、来られる際はSNSなどから気軽に連絡してください!

 

 

HUBは富山(まちなか)の「案内所的な存在」として広めていきたいですね。HUBという場所から富山の魅力に出会ってもらう。着地点ではなく「出発点」でありたい。ハブ空港と同じで、行きたいところへ行くための経由地として。そんな場所を目指していきます。

 

 

※取材は2023年7月です。

記事の制作に関わった方をご紹介

インタビュアー:古地 優菜(こち・ゆうな)

フリーライター/一般社団法人日本ワーケーション協会(理事)など

奈良県出身、長崎県諫早市在住のフリーライター。転勤族の妻であり2児の母。転勤に左右されないキャリアを築くため、2013年にクラウドフリーライターとして独立。ライター事業の傍ら転勤先の地元の方と交流し、まちづくりや地域活性化を目的とした事業・活動にも参加。また日本ワーケーション協会に参画し、ワーケーションを新たな働き方・生き方・暮らし方の形のひとつとして全国に普及させるために各地で活動中。

 

ライター:こやま けいこ

雑誌編集者・ライター、報道記者兼カメラマンを経て、フリーディレクター・ライターとして活動中。HR系記事、Saas導入事例インタビューなど幅広い執筆経験を持つ。北海道在住。プロギングやガンに関するイベントをはじめとして、地域おこし活動なども行なっている。