インタビュー

株式会社コラレアルチザンジャパン 山川智嗣さんにインタビュー

彫刻の町で職人体験 宿を拠点にした滞在をプロデュース

富山県西部に位置する、南砺市井波(いなみ)。約8,000人の住民のうち、約200人が木彫刻職人という不思議な街です。

ここで建築家としての拠点をもつ山川智嗣さんは、富山市のなかでも中心部にあたる総曲輪(そうがわ)の出身。東京や上海での生活を経て、なにか強い思いがあって井波に拠点を移したのかと思いきや、「自分の好きな街に来ただけ」と笑います。

また、山川さんは「職人に弟子入りできる宿」をコンセプトにした分散型ホテル「Bed and Craft」の発起人でもあります。山川さんの取り組みが、人々を惹きつける理由に迫ります。

 

 

 

山川智嗣(やまかわ・ともつぐ)さん/富山県富山市出身。建築家として東京、上海の建築事務所を経て、2011年に上海で独立。2015年に南砺市井波に居を構え、2017年に株式会社コラレアルチザンジャパンを設立。

 

 

個人的な思いからはじまった「Bed and Craft」

最初はどちらかというとブランチオフィスを日本に持っていて、本社機能は上海のままでやっていくイメージだったんです。だから直行便で上海に行ける場所かつ、文化的な街に住みたいと思って場所を探していたところ、彫刻の街・井波にたどり着きました。

もともと宿をやりたかったわけでもなくて。上海からネコを連れて帰ってきたんですが、田舎にはペット対応の賃貸がなくて、一軒家を勢いで買ってしまったんです(笑)。
そうすると、井波という聞いたことのない土地に住んでいることを海外の友人たちが面白がって、わざわざ遊びにきてくれたんです。そんなに人が来るんだったら、自分たちの家を宿っぽくしようと思ったのがはじまりでした。

 

チェックインするレセプションラウンジ

 

同時に、建築家としては職人さんが近くにいて、ドアノブなどの建材を作ってくれるという井波の環境が素晴らしいものでした。この魅力的な地域資源を自分たちだけじゃなく、いろんな人に体験してほしいという思いがありました。宿と職人体験、それらが合わさって生まれた考え方が「Bed and Craft」です。よく伝統工芸の復興なんて言われたりしますが、実はすごく個人的な思いから始まった宿なんですよ。

ちょうど「民泊」という言葉が出始めたタイミングと重なったこともあり、外国人の方にもすごく来ていただけました。井波は観光というより産業の街なので、昔ながらの原風景が今でも残っているのが、彼らにとって新鮮に映ったんじゃないかと思います。

特に何度も日本にきている欧米人からは「リアルジャパンを見つけた」なんて言われます。それからは特別なプロモーションをせずとも、どんどんクチコミで広がっていきました。

 

旅人を街の人に紹介する

「Bed and Craft」のプロジェクトに共感する方がだんだん増えていって、現在は全部で6棟の宿泊施設が井波のまちに点在しています。

また、その宿を拠点に街を巡ることが醍醐味のひとつです。はじめて町を訪れる方でもディープな旅を楽しんでもらえるように、まちのコンシェルジュが街の工房や飲食店を案内しています。観光客に街を紹介するというよりは、街の人に新しい住人を紹介するような感覚ですかね。

 

彫刻工房が軒を連ねる八日町通り ©️Kouske Mae

昨年からは新しく「木のみちのり自転車旅」として、銘木店や彫刻道具の専門店、彫刻師の工房など、自転車でまちを巡るプログラムも用意しています。ものづくりのプロセスを知ることができるので、普段仕事をしている人にはいい刺激になると思います。

実はワーケーションという概念ができる前から、「Bed and Craft」には外国人を中心に、仕事しながら滞在している人がたくさん来ます。彼らは何をするわけでもなく、仕事して、本を読んで、散歩して…。ただただ日常を過ごしているんです。ひたすら観光地を巡るようなせわしない日本人型旅行よりも、その地域に根付いてみたほうがインスピレーションを得られるということは、彼らから気付かされましたね。

 

作家さんと会える距離感が大事

「Bed and Craft」は、各宿につき一人の作家さんがついていて、まるでギャラリーに泊まるような体験を提供しているのも特徴です。まず空間に合いそうな作家さんにお声がけして、光の入り方や壁の色といった作品の見せ方などを、設計の段階から一緒に考えています。

建築は大きいものからトップダウン的に作っていって、小さいものは最後に選ばれることが多いんですよね。でも自分は、お気に入りのコップがあったら、それに合うテーブルを設計して、それに合う椅子を設計する。さらにそのためのリビングルームがあって、そのための家がある。そんな発想があってもいいと思っているんです。「Bed and Craft」はまさにそういう考え方で、どの宿も作家のギャラリーに見立てて設計しています。

 

料亭を改装した「MITU」は陶芸家・前川わとが手がけた

また、そこに泊まるということは、その作家さんとお酒を飲んだり、交流するチャンスがあるということなんです。この作家さんたちと会える距離感がすごく大事だと思っています。井波で作家さんのネットワークがあると、高岡や山中、九谷など北陸の作家さんともつながることが多いので、今後は「Bed and Craft」的な場を、北陸、そして全国にも展開していくのも面白いんじゃないかと思っています。

 

※取材は2021年2月下旬です。